ニューズレター


2020.May vol.66

感染症の流行と消毒作業にかかる費用について


不動産業界:2020.May.vol.66掲載

私は、不動産の賃貸事業を行っているのですが、私が賃貸している集合住宅の一室から、昨今流行している新型ウイルスの感染者が出てしまいました。
同じ集合住宅に住む入居者からは、消毒作業を要請されているのですが、消毒作業にかかった費用は、新型ウイルスに感染した入居者に請求してもよいのでしょうか。


入居者が感染症に感染してしまったことについて、入居者に故意過失がない以上は、賃貸人が、入居者に対し、消毒作業にかかる費用について請求することは困難なものと考えられます。
今後、感染症の流行をリスクとしてとらえる場合には、感染症の感染が生じた場合の消毒作業にかかる費用負担について明記する等、契約書の見直しをしておくべきでしょう。

さらに詳しく

賃貸人が、入居者に対して、消毒作業にかかる費用を請求しようとする場合、その根拠としては、契約書に感染症が発生した場合の消毒作業の負担にかかる特約がない限り(おそらく一般的な賃貸借契約書には規定されておりません。)、善管注意義務違反に基づく損害賠償責任(民法 415 条)や修繕特約に基づく費用支払義務(賃借人の責めに帰すべき事由に起因する修繕については、賃借人の費用において修繕ができると定められていることが一般的です。)か、不法行為に基づく損害賠償義務(民法 709 条)によらざるを得ないものと考えられます。

しかしながら、上記の請求については、いずれも、入居者に故意又は過失(帰責事由)が求められるものです。感染症に感染すること自体に入居者の故意又は過失が認められない場合は、入居者が感染症に感染したことに起因する消毒作業にかかる費用について、賃貸人は、入居者に請求することはできないものと思料されます。

ここで、本件のような場合に、入居者に故意又は過失が認められるかを過去の先例(東京地裁平成29年9月15日判決)を踏まえて検討してみます。

当該先例を要約すると、建物の賃借人が原因不明の病死を遂げ、その遺体が2カ月半の期間放置されたこと等により、原状回復費用が高額となったため、賃貸人が賃借人の相続人に対し、原状回復費用の支払いを求めて訴訟を提起したものです。

当該先例において、裁判所は、賃借人が、「当時、自分が病気で死亡することを認識していたとは考えられず、また、そのことを予見することができたとも認められない」として、賃借人の故意又は過失を否定し、賃借人が病死したことによって生じた原状回復費用については、賃貸人の請求を退ける判断をしました。

かかる先例に照らすと、ある入居者が感染症に感染した場合、一般的に、感染症の感染はコントロールし得るものではないため、当該入居者が、その感染症に感染することを認識して外出等を行う場合は想定しがたいほか、その感染症に感染することを具体的に予見していたという状況も想定しがたいものと考えられます。

もっとも、感染症が蔓延しており、社会状況から人混みを避けるべきことが容易に認識できるにもかかわらず、入居者が、人の密集した密閉空間に訪れる等のあまりにも不用意な行為を行うことで感染した場合には、入居者に故意又は過失が認められそうにも思えます。

しかしながら、当該入居者への感染が、その不用意な行為によって生じたかどうかについて、裁判上の請求が認められる程度に立証することは困難なものと考えられ、結論としては、当該入居者の故意又は過失が認められないこととなるケースが大半となるものと考えられます。

賃貸人として、入居者に消毒作業にかかる費用の請求が認められるものと想定されるケースとしては、入居者が自身の感染を知ったうえで、賃貸物件の使用に不必要な範囲の共用部分(自分の入居階層以上の階層の共用部分等)に居座ったりしたことで、消毒作業が余分に必要となった範囲についての費用等であろうと考えられます。

以上から、一般的なケースにおいては、感染症の感染が生じた場合の消毒作業にかかる費用は、賃貸人の負担になるものと考えられます。

今後、感染症の流行をリスクとしてとらえる場合には、賃貸借契約において、感染症が生じた場合の消毒作業にかかる費用負担について、明記しておくことが望ましいものといえるでしょう。もっとも、かかる費用負担に関する特約は、消費者契約法により無効とされるおそれがあるため、契約書の記載を変更する場合には、その記載要領について、弁護士にご相談いただくべきものと存じます。

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